ウイスキー業界を驚かせた世界初の鋳造製蒸留機、飛騨高山蒸溜所に導入される「ZEMON」とは?
今年(2022年)の5月29日まで実施されたクラウドファンディングでは、当初のゴールを大きく上回る3千万円以上の支援を集めるなど、全国の酒ファンから注目される飛騨高山蒸溜所プロジェクト。現在は廃校となった旧高根小学校をウイスキー蒸留所へと生まれ変わらせるべく、着々と工事が進められている。
飛騨高山の老舗酒造である舩坂酒造店が新たな蒸留所で目指すのは、地元の風土を活かしたウイスキーづくり。その鍵を握る一つの重要なファクターが、三郎丸蒸留所の稲垣貴彦さんが発案し、同じく富山の梵鐘メーカーである老子製作所が開発した世界初の鋳造製蒸留器「ZEMON」だ。
三郎丸蒸留所に導入された2019年以来、すでにイノベーションなどに関わる数々の賞を授賞し、英国ウイスキーマガジン誌の表紙も飾った初代「ZEMON」。対して、新たな蒸留所に導入される「ZEMON Ⅱ」では、いくつかのリニューアルも施されているという。
飛騨高山蒸溜所への蒸留設備の搬入は今年11月を予定。連載「ウイスキー蒸留所のつくり方」第3回目では、完成間近の「ZEMON Ⅱ」を製作中の老子製作所を訪ね、同社の社長であり飛騨高山蒸溜所プロジェクトメンバーでもある老子祥平さんにお話を聞いた。
江戸時代、高岡城に入城した初代加賀藩主の前田利長が、城下町である高岡の町を繁栄させるため7人の鋳物師を招き、鋳物産業を奨励したことで盛んになったという高岡での銅器づくり。同地で生産される高岡銅器は、経産省が指定する日本の伝統工芸品でもある。
そんな高岡銅器で有名な富山県高岡市は、いまでも銅像や釣り鐘など、日本の銅器製造のシェアが9割にもなるという鋳物の町だ。なかでも同市の工業団地内にある老子製作所は、日本の寺社仏閣などで見られる梵鐘の約7割を手掛ける国内最大手の鋳造品メーカー。その歴史は江戸時代中期にまで遡ることができるが、梵鐘や仏像などで高い全国シェアを誇る現在の老子製作所の礎は、第二次大戦後に築かれたものだ。
戦火が激しさを増す1942年、武器や軍艦などを製造する金属原料不足を解消するため、政府は全国の寺院に対して梵鐘供出令を発令。寺院の8割から9割が梵鐘の供出に応じたことで、日本の多くの寺院から梵鐘が消えることとなった。
「多くの梵鐘は溶かされる前に終戦を迎えたという話もありますが、戦後も各寺院に梵鐘が戻ることはありませんでした。そこで私の先祖である第7代の老子次右衛門が、戦後復興のプロジェクトとして全国の寺院に梵鐘を売りにまわり、結果的に多くの注文をいただくようになったのです」
そう話す老子祥平さんは15代目にあたり、2020年に社長を継いだ。現在までに京都の西本願寺や三十三間堂、成田山新勝寺など全国の名刹に梵鐘を納入し、広島平和記念公園の「平和の鐘」や、近年なら東日本大震災の犠牲者を悼む大船渡市の「鎮魂愛の鐘」なども制作。特に梵鐘や美術銅器などの製造に関して、老子製作所は日本でも随一の技術を誇る。
しかし、数十年どころか百年以上も壊れない銅器製品の頑丈さが仇となり、90年代後半に老子さんが入社した当時の同社の経営基盤は、決して盤石なものではなかったという。
「日本の梵鐘の7割のシェアを持つと言っても、戦後から時が経ち全国の寺院に梵鐘が行き渡ったこともあり、私が入社した頃にはすでに寺院からの梵鐘の発注がどんどん減ってきていました。そこで梵鐘などとは別に、新たに柱となるような事業を模索し続けてきたのです」