「何でこんなにいい物が?」北海道の郷土資料館にある、二つの日本一
◇ロマン感じる古銭と副葬品
副葬品が発見されたのは83年。町内の「湯の里4遺跡」発掘調査で、旧石器時代の石器とともに一部が欠損した琥珀(こはく)と、石製の垂飾(すいしょく)がそれぞれ1個、石製の小玉3個が見つかった。約2万年前の墓からの発見に竹田さんは「それまで縄文時代とされていた墓の起源を旧石器時代までさかのぼることができる」と、その価値を強調する。
当時、お墓も日本最古とされていたが、2017年に沖縄県石垣市の洞窟遺跡から風葬された人骨が見つかり、日本最古は譲った。竹田さんは「沖縄では副葬品は見つかっておらず、土の中から見つかったお墓としては日本最古の出土品と説明しています」と話す。発掘された垂飾は日本原産ではない。大陸との交渉史を考える上で学術的な価値が高く、91年に国の重要文化財に指定された。
もう一つは1951年ごろ、町内の脇元地区の道路工事の際に見つかった古銭だ。漆塗りの四角い籠に入っており、見つかったのは約10キロ。保管していた町内の男性が06年に郷土資料館に寄贈した。散逸したものもあるが、現在も1042枚が残っている。その中の1枚が、ベトナム古銭の「開泰元寶(かいたいげんぽう)」(1324~29年)。日本で1枚しか出土していない。
判明したのは2011年。古銭を調査していた函館高専の学生サークル「埋蔵文化財研究会」が確認した。古銭は直径22・7ミリ、重さ約4グラム。電子顕微鏡で成分なども調べ、約65%を銅が占めていたという。
他の古銭は中国のもので、最も新しく鋳造されたのは1433年だった。このため、脇元地区に古銭が埋められたのは1433年以降で、室町時代に本州から移り住んだ武士の館で埋められたとの見方もあるが、「いつ、誰が、なぜ埋めたのかは詳しく分かっていません」(竹田さん)。古銭を巡るロマンも楽しみ方の一つかもしれない。
資料館は発掘された土器など約45万点のほか、かつて町内に3館あった映画館で使用された古い映写機、農機具など生活用品約3万点を所蔵する。訪れる小学生らは昔の生活を学び、お年寄りは懐かしんで昔話を話してくれるという。
大人になると町を出る人は多いが、竹田さんは「地元の人には勉強させてもらっています。子どもたちには資料館で見た知内の昔の景色が心に少しでも残ってくれればうれしい」。地域に密着した資料館の役割をこれからも果たしていく。【三沢邦彦】
◇竹田聡(たけだ・さとし)さん
1982年生まれ、岩手県出身。道教育大函館校で日本史を学び、知内町郷土資料館で学芸員の実習を行った。町職員となった後は広報担当などを経て、2012年に郷土資料館の学芸員になった。