話題作を生み出し続ける日本人演出家・G2。舞台作品にかける熱意を聞いた
──G2さんは、今を感じるオリジナルの新作を多く世に出されているだけに、2013年より携わっている『マイ・フェア・レディ』や今回の『スワンキング』のようなミュージカル純度の高い作品に演出家としてお名前があることに少し珍しさのようなものを感じてしまうのですが。
G2 おっしゃる通り、ミュージカルは僕のキャリアにはあとから入ってきたものですが、ブロードウェイ、ウエストエンドのミュージカルを日本に向けて翻訳、演出するということは何度かやってきて、いつか世界標準の……要するに日本から世界へ輸出しても恥ずかしくないものを……という考え方を持って、一度ちゃんと自分の手でミュージカルを作ってみたいとは思っていました。そういう想いが徐々に溜まっていったところで今回たまたま『スワンキング』という題材と出会ったんですよ。
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ミュージカル『スワンキング』は、19世紀のドイツを舞台に、バイエルン国王・ルードヴィヒ二世と稀代の作曲家・ワーグナーをめぐるドラマティックなストーリーを描いたオリジナル作品。ワーグナーを献身的に支えたコージマ役の梅田彩佳(写真左)、ワーグナー役の別所哲也(写真右)など実力派が顔を揃える
──ミュージカルに対する熱い想いがG2さんの中に潜んでいらした?
G2 僕がアマチュアで演劇をやっていた頃、それを自分の仕事にしたいなと思ったきっかけは、帝国劇場での『レ・ミゼラブル』(1987年・日本初演)だったんですよ。あの帝国劇場を改修してまで『レミゼ』のセットが入るようにして、ロングラン上演する規模の大きさを目の当たりにし、徹底した作りの姿勢を知って、こういう世界があるのならば自分が演劇に身を投じる意味があるのではないかと。そういうベースがあるので、本格的なミュージカルを作りたいという気持ちはずっとあるにはあったんだと思います。ミュージカル自体は僕の好みではなかったけれど(笑)、命題としてありました。
──記憶を辿ると、今となっては珍しくないことですが、テレビで活躍していた歌い手の方……例えば岩崎宏美さん、斉藤由貴さん、野口五郎さんがメインキャストになったことも話題になったり、『レミゼ』日本初演はいい意味でのざわめきがありましたね。
G2 大きなムーヴメントがありましたよね。小劇場の薄暗いところでアングラな作品をわかっている人たちでやっている……それはそれで好きなんですけどね。『レミゼ』に触れ、仕事にするなら僕も何らかのムーヴメントを起こしたいと強く思ったことが、今の僕に繋がっているんじゃないかな。
──だからですね、G2さんの作品はマイナー心をくすぐったり、メジャーを知るエンタメ性もあり。双方の魅力があります。そんなG2さんから見た最新作『スワンキング』の魅力とは?
G2 ルートヴィヒ二世(バイエルン国王)とワーグナー(作曲家)との関わりについて、よく知られていること以外にまだ何か埋まってるはずだ、と。漠然と資料を読むのではなく、「絶対に何かある!」と確信を持って探したんですが……埋まってましたよ~(笑)。探せば探すほどガンガン見つかって、嬉しかったですね。「やっぱり!」って(笑)。この物語は、世界的なレベルで行われている事柄が、ダメな人間たちの思惑で動いていく。もうね、登場人物がダメな人間ばかりなんですよ。僕が大好きな類のダメな人たちなんですけどね。その人たちが織り成すいろいろなドラマを音楽で表現していきます。
──『エリザベート』も世界的な大人気ミュージカルとなりましたが、エリザベートとルートヴィヒ二世とは親戚関係で、『スワンキング』にもエリザベートが登場しますね。
G2 エリザベートとルートヴィヒの交流って、記録に残っているのはほんの数回なんですが、エリザベートが彼に対して残した言葉に“彼は病んではいなかった。ただ、夢を見ていただけ”ってあるんですね。一方、ルートヴィヒがワーグナーについて残した言葉には、“ワーグナーを崇拝するのはその才能にであって。うるさくて癇癪持ちのイヤな男にではない”と(笑)。この2つの言葉が今回の物語の原動力となり、キーワードにもなりました。
──ルードヴィヒ二世を演じるのはA.B.C-Zの橋本良亮さん。
G2 キャラクター的には最初からできていました。これはこういうことだよと説明すれば、しっかりと理解ができる人で、まさに“打てば響く”で稽古場でも本当に日々よくなっていきました。
──『スワンキング』に関するお話からも少しG2さんのルーツが見えてきた気がするのですが、今のG2さんを構築したもの、他にもお聞かせいただけますか?
G2 クインシー・ジョーンズの存在に気付いたのは大きかったですね。高校生の頃は漠然とミュージシャンになりたいって思っていたんですが(笑)、彼を知って、音楽プロデューサーという職業がある!と、僕の興味はそっちでした。どうも僕ね、前面に出る人よりも、その裏で誰が操っているかが気になるタイプで(笑)。マイケル・ジャクソンの裏にはクインシー・ジョーンズがいるぞと。1980年代はそういう裏のスペシャリストがわかりやすくアルバムにクレジットされていて。このアルバムを制作するのにプロデューサーは誰で、有名なミュージシャンがこれだけ参加しているぞ、ってことを多大に誇る時代でしたね。TOTOなんて有名なスタジオミュージシャンが集まってできたバンドでしたし。音楽を作るのに“この人でないとダメだ”って見極める能力が非常に高かったのがクインシー・ジョーンズ。彼が手掛けヒット曲はほとんどロッド・テンパートンが作っているんですけど、クインシーがいきなり彼をイギリスから引っ張ってきて、マイケルの曲を作らせたりしてるんですよね。
クインシー・ジョーンズがプロデュースを手掛けた大ヒット作の数々。(写真左から)マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』、ジョージ・ベンソンの『ギブ・ミー・ザ・ナイト』、USAフォー・アフリカの『We Are The World』
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