【社説】最年少の七冠 切り開かれた「藤井時代」
名人戦7番勝負で、20歳の藤井聡太六冠が渡辺明名人を下し、最年少七冠となった。七冠は羽生善治九段が25歳で達成して以来2人目だ。
名人としても、谷川浩司17世名人が持つ最年少記録を40年ぶりに更新した。400年以上の歴史と厳格な予選がある名人は、全8タイトルの最高峰とされる。
名実ともに将棋界の頂点に立った。もはや新星の快進撃ではない。本格的な「藤井時代」が到来したと言えよう。
藤井さんは2016年に14歳でプロ入りし、いくつもの記録を塗り替えてきた。
17歳で棋聖となって3年足らずでの七冠獲得は驚異的である。通算タイトル獲得数は負け知らずの15期だ。通算勝率は8割を超え、他の棋士を圧倒する。
詰め将棋で鍛えた読みの速さと正確さは群を抜く。類いまれな才能、謙虚でひたむきな人柄は将棋界だけでなく、社会に「藤井ブーム」を起こした。将棋を指さずに観戦するファン「観(み)る将(しょう)」も増えているようだ。
将棋界では若手棋士を中心に人工知能(AI)を使った研究が浸透している。いち早く取り入れた藤井さんは「今までの価値観が刷新され、むしろ自由度が上がった」と感じている。
AIは局面ごとに最善手を示すが、理由は説明しない。藤井さんは、なぜその手を推すかを考え抜くことで、未知の局面で応用できるという。私たちにとっても示唆に富む考え方だ。
常々「数字や記録より、自分自身として強くなりたい」と口にしている。新名人としての記者会見でも「それにふさわしい将棋を指していきたい」と語った。
棋士としての高みを目指す身にとって、今回の記録も通過点なのだろう。どこまで強くなるのか目が離せない。
次に注目されるのは八冠独占なるかだ。17年に8タイトルとなってから前例がない。
七冠を保持したまま秋の王座戦で挑戦者となり、永瀬拓矢王座から奪取すれば達成する。前人未到の領域も不可能を感じさせない。
王座戦まで二つのタイトル戦がある。あすからの棋聖戦と7月からの王位戦だ。いずれも長崎県対馬市出身で28歳の佐々木大地七段が挑む。九州ゆかりの棋士の戦いぶりを楽しみにしたい。
圧倒的な「1強」も魅力だが、将棋は人間同士が知力を尽くす戦いである。ライバルと競い合うことによって、盤上の新境地が切り開かれる。藤井さんの行く手に立ちはだかるトップ棋士の奮闘、若い世代の台頭やベテランの巻き返しも待ち望まれる。
新名人の躍進は将棋の魅力を広めた。関係者はこの好機を生かして裾野を広げ、第二、第三の藤井さんを育ててもらいたい。