地域の熱意「駅前」に 96歳地理学者、300カ所巡り書籍化
著書は「日本の駅前を訪ねて―東日本の諸相―」(さきたま出版会)。B5判172ページ、税抜き2千円。東北、関東、東海各地方などの駅前の風景や象徴的な建造物の写真を掲載し、福宿さんによる解説文を添えた。令和元年まで十数年かけて取材を重ねたという。
そもそも、「駅」でもなく「街」でもなく、「駅前」に着目したのはどうしてなのか。
「駅前に立つと人々の熱意が伝わってくる。地域を代表するものをどのようにして表現しようとしているかが感じられるのです」
福宿さんは、駅前を「駅の出口から見渡すことができる範囲」と定義する。
このエリアには、周辺の名所や代表的産業、地理的特徴をアピールするモニュメントなどが建っていることが多い。こうした建造物や掲示物を観察していくことで、地域の「顔」をどのように位置づけるかという地元の人々の意思を読み取ることができるという。
例えば、コメの産地である山形県鶴岡市の鶴岡駅前では、稲束を手にする人々の像を見つけた。レンコンが特産品の茨城県土浦市の土浦駅前には「れんこん生産日本一」と大書された掲示物が、林業が盛んな埼玉県飯能市の飯能駅前には巨大な木馬があった。
これらは地域のアイデンティティーを示そうという思いの表れだと福宿さんは解釈する。いずれも突出して個性的なものではないかもしれないが、「建造物や掲示物が存在している」という時点で人々の意思を感じ取る。実際、「駅を出てみたものの、何も見つけられずがっかりしたことは少なくない」という。
著書が完成するまでの道のりは平坦(へいたん)ではなかった。2年に脳梗塞(こうそく)を発症し入院生活を余儀なくされ、一時は執筆を中断したが、妻の和加子さん(87)や長男の和彦さん(58)らに支えられて出版にこぎつけた。
スマートフォンなどを通じて地球の裏側の様子ですら瞬時に目にすることができる時代だ。福宿さんは「だからこそ」と力を込め、こう続ける。
「自分の足で現地に立ち、自分の目で確かめる。現地の空気に触れる。こうした行為が大切なのだと思います」
穏やかな語り口に地理学者としての矜恃(きょうじ)がにじんだ。(星直人)