アメリカ由来の中華料理「チャプスイ」 日本での現地化の歴史と現在
このインド中華の特徴として、「シュエズワン(四川)」や「マンチュリアン(満洲)」など中国の地名を冠した奇妙なメニューがあるのだが、さらにもうひとつ「チャプスイ」と呼ばれるユニークな料理もある。
チャプスイとは、19世紀に中国の主に広東省出身の労働移民たちが船でアメリカや世界各地のイギリス植民地へ渡り、当地で暮らしていたときに生まれた安価な料理が起源とされる。
豚肉や野菜などを炒め、スープを加えて煮た後に片栗粉でとろみをつけてそのまま食べるか、ご飯や麺にかけて食べる。八宝菜に似ているが、国や地域によって炒める中身は異なるという。
その後、20世紀になると、アメリカでは中華レストランの定番メニューのひとつになっていく。中国から世界各地への大量出国者が続いていた時代の産物だといえる。インドではチャプスイがアメリカ料理として持ち込まれたことから、「アメリカン・チャプスイ(American Chop suey)」と呼ばれている。
東京都江東区大島にある南インド料理店「マニハラ」では、アメリカン・チャプスイをメニューで「インド風あんかけカタヤキソバ」と説明している。注文すると、麺の上にトマトケチャップで味つけされた肉や野菜とともに甘酸っぱい餡がかかっていて、明らかに中華料理にはない味だ。しかもかた焼き麺なので、不思議な味わいがある。
そして、このチャプスイはかつて日本にも広く存在していたという。今日においてはもはや絶滅危惧種といっていいかもしれないが、今回、いまでも食べられる店があることを知った。
それはどんな料理なのか。その店ではどういう理由でチャプスイを提供しているのか。筆者は東京都内でチャプスイが食べられるという4つの店を訪ねたので、レポートしてみたい。
■60年以上前からチャプスイは提供されていた
東京近郊、福生市の中華料理店「韮菜万頭」(福生市福生2218)のオープンは1992年で、外食チェーンの「際コーポレーション」の中華第1号店だという。甘いオレンジの味つけをしたチリソースを唐揚げにからめたオレンジチキンなどのアメリカ中華も出す。平日は米軍関係の客も多いという。
とはいえ、この店では数年前からチャプスイは通常のメニューから外されていた。そこで、日本人の店長に話をして、特別につくってもらった。
いただいたのは、中華麺の上にエビや豚バラ、レンコン、タケノコ、キャベツなどの具がたっぷりの餡がかかった「チャプスイ麺」だ。
一般に日本で餡かけ中華として知られる中華丼との違いについて、店長は「中華丼は醤油ベースの味つけだが、うちのチャプスイは塩味でお酢が使われ、酸味が利いているのが特徴。社長がアメリカでチャプスイを食べて美味しかったとのことで、福生という土地柄もあり、メニューに導入したらしい」と話す。チャプスイ麺だけでなく、ご飯に餡かけするチャプスイ飯もあるという。
新宿区の高田馬場駅に近い中華料理店「餃子荘ムロ」(新宿区高田馬場1-33-2)では、醤油ベースに五香粉などの特製中華スパイス入りのチャプスイを出す。メニューには「五目野菜のうま煮」と説明されていて、麺やご飯にかけたりしない一品料理である。
店主によると、この店は創業70年超の歴史があり、祖父が元ジャズメンで、戦後すぐにこの地で開店。当時からチャプスイを提供していて、祖父の娘である叔母さんからレシピを教わったという。
大田区の蒲田にある創業58年という町中華「寶華園」(大田区蒲田5-10-1)には「エビチャプスイ定食」というメニューがある。
この店のチャプスイの特徴はケチャップ味で、具材はモヤシやキクラゲ、タケノコなどの一般の野菜炒めと同じようなものだが、餡かけになっている。もう一品「豚チャプスイ定食」もあって、ケチャップの優しい味わいから、完全に和食化していることがわかる。
同店主人の先代は、1962年開業の有名中華「後楽園飯店」の調理人だったそうで、その頃の中華料理店ではチャプスイをメニューに入れていた店も多かったという。