「略奪美術品の楽園、ニッポン」問われはじめた日本の立ち位置
これは、大戦中にナチスやソ連軍によって略奪された美術品の返還を求めるポーランド政府のやり方が功を奏した例だ。文化省責任者として文化財返還に携わるアガタ・モゼレフスカは、「人々の記憶が薄れ、所有者でさえその作品の出どころを知らないことから、オークションに出される略奪品が徐々に増えてきている」と話す。
ポーランド当局によると、ナチスがポーランドで略奪した美術品が日本国内で発見されたのは初めてのことだという。しかし、1990年代末にニューヨークのオークションで落札されたこの作品が、どのような経緯で日本に入って来たかは判明していない。
日本では略奪美術品の問題が議論に上がることはほとんどなく、この件もさほどの大騒ぎにはならなかった。そもそも、ナチスによって強奪された美術品に関する法律や判例は存在しないのだ。民法が規定しているのは、ある財産を20年間所有した人は自動的にその所有者になるということだけである。
ユネスコは1970年、文化財の不法な輸入、輸出及び所有権移転を防止する条約を採決したが、日本がそれを批准したのは2002年になってからである。この条約は、文化財を略奪や違法販売から守るために設けられた最初の法的文書だった。
日本はさらに、旧植民地である韓国や中国からも略奪した多くの作品を返還するよう求められている。
海外に点在する韓国の作品を回収するために設立された、韓国国外所在文化財財団は、2020年、19万3000点の文化財が21ヵ国にあることを突き止め、そのうちの42%は日本にあるとした。
中国は第二次世界大戦中に300万点以上の作品と写本が盗まれたと見積もっており、東京国立博物館に所蔵されている1万点に関しては不正にも日本の国宝として展示されていると主張している。
2000年代には、アフガニスタンやイラクといった紛争中の国で盗まれた多くの作品が、日本国内での密売の中心となっていたと言われる。
また、トゥルキ事件は無事に解決に至ったが、ドイツ系ユダヤ人の銀行家パウル・フォン・メンデルスゾーン=バルトルディの遺族らによる係争も思い出される。彼らは2022年12月13日、ゴッホの1888年の作品「ひまわり」について、SOMPOホールディングスからの返還を求めて訴訟を起こしたのである。
遺族らによるとパウル・フォン・メンデルスゾーン=バルトルディは、1934年、ナチスによってこの絵画を廉価で売却させられたという。1987年、SOMPOの前身である安田火災海上保険は、3990万ドル(当時の為替で約53億円)でこの作品を購入した。これは美術品としては当時の最高額だった。
オークションハウスのクリスティーズは、その際発行したカタログにおいて、パウル・フォン・メンデルスゾーン=バルトルディは、自らが所有していたその絵画をパリの美術商ポール・ローゼンバーグに売却したと説明している。
現在この作品は、東京・新宿区にあるSOMPO美術館に展示されている。1月、SOMPOホールディングスは「訴状に挙げられた不正行為についての申し立てを断固として拒否」し、この絵に対する「自らの所有権を強く」主張していく意向を表明した。