性愛の既存を問い、見つめ、捉えなおす
2003年に群像新人文学賞でデビューされてから20年。どんなときもまっすぐに小説と向き合い、書き続けてきた村田沙耶香さん。岩川ありささんを聞き手に迎えた村田沙耶香さんのロングインタビュー「小説を裏切らず、変わらずに書き続ける」(「群像」2023年6月号掲載)を再編集してお届けします。
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岩川 続いて、村田さんがデビュー後に発表した二作目の小説が「コイビト」です。ホシオというハムスターのぬいぐるみを大切な存在にしている真紀さんが語り手ですが、彼女がホシオと夜八時から「団欒」をする、というアイデアはどこから出てきたんでしょうか。
村田 これもデビューする前に文学学校の合評のために書いていたものです。当時、ハムスターのぬいぐるみを大事にしていました。ふわふわしたものや肉眼では見えない存在、物体、または漫画の中のキャラクターに対する恋愛感情が幼少期からあったので、ぬいぐるみと恋愛をしている子というのは、自分が恋愛について考えると自然に浮かんでくるイメージなのだと思います。
岩川 もう一人、ムータというオオカミのぬいぐるみとつながりたい、子どもが欲しいと望む小学生の美佐子さんという人が登場します。この美佐子さんのほうがある意味、切実に思い詰めているところがあるように思います。この美佐子さんと真紀さんの違いはどのようなところでしょうか。
村田 ぬいぐるみと恋愛をしている二人を出会わせようと思ったときに、のめり込み方の程度を変えようと考えました。美佐子のほうが自分自身に近い感覚のような気がします。いつかは終わるだろうと何となく思っている真紀に比べて、美佐子は本当に一生一緒にいようと思っている。自分が幼少期からずっと美佐子側の状態なので、そうした人間を主人公ではなく他者サイドに置いたほうが興味深かったため、のめり込んでいない真紀のほうを主人公にしました。
岩川 「二つカメラがある」という言葉を村田さんは時々使われますが、そういう描き方ということでしょうか。
村田 確かに「コイビト」は二つのカメラが違う深さにあるようなイメージで人間をつくっていたような気がします。
岩川 そして美佐子さんに大変なことが起こったその後、彼女はホシオを手放そうとした真紀さんに、自分が好きなものに対する感情や想いが形を変えて何度も繰り返し生まれてくるよと言います。これは呪いですか。それとも生きる衝動なのでしょうか。
村田 最後にあんな呪いのようなことを言うとは思っていなかったです。主人公が距離をとって終わるとか、そういう感じなのかなと想像していました。何かに依存して、一旦終わったと思っても、また違う依存が始まるみたいな感覚が無意識の中に強くあるからなのかもしれません。美佐子という子を理解できている気持ちで書いていたので、彼女がいきなりそういうことを言って戸惑いました。