【書評】2度目の本屋大賞受賞が納得できる愛の物語:凪良ゆう著『汝、星のごとく』
瀬戸内の小さな島で高校時代に出会った同級生の15年に及ぶ切ない物語。愛し合った二人がすれ違いを繰り返し、読者の予想もつかない結末に向かっていく。著者が2020年に続き、今年4月、2度目の本屋大賞を受賞したのが納得できる秀作である。
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく。」
こんな謎めいた書き出しで本書は始まる。プロローグを読んでも、読者は何が始まるのかよく分からないのだが、酷似の文章が文末のエピローグの初めにも書かれている。読者は読み終えると、最後の一行まで見落せない著者の見事なストーリー展開に気付くことになるのだ。
書き出しの言葉を不倫と解釈するなら、「もし『許される不倫』というものがあるとすれば、こんなことかもしれない」、そんなことさえ、本作は感じさせてくれた。
風光明媚(めいび)な島で生まれ育った暁海(あきみ・女)と、島の高校に京都から転校してきた櫂(かい・男)がこの作品の主人公。同級生となった二人には共通点があった。親が身勝手で、子どもは振り回されてきたが、親を見捨てることはできないのだ。
暁海の父は島の外にある不倫相手の家に居ついてしまい、母は精神が不安定となって、夫のいる家で放火騒ぎを起こしたり、交通事故で借金を作ったり、問題行動を続ける。櫂は母子家庭に育ち、母は一時たりとも男なしでは生きられないようになり、京都で知り合った男を追って瀬戸内の島にやってきたのだった。島で唯一のスナックを開いている。でも、また男に逃げられた。
ともに母親をケアする「ヤングケアラー」の主人公たちは、すぐに引かれ合い、親しく付き合うようになっていく。デートは潮騒の浜。暮れていく西の空に、たった一粒できらめいている星を見つけた。櫂はその星を「夕星(ゆうづつ)」ということを暁海に教える。一番星、宵の明星、つまり金星だ。手をつないでこの星を見つめる二人は、まだ純愛の世界にいた。
櫂は高校を卒業すると、漫画原作者を目指して一人で東京へ。暁海は島に残り、就職するが、遠距離恋愛の中で二人の心は段々と離れていく。櫂は間もなく人気漫画家となるのだが、若くして成功したかに見えた彼に人生の落とし穴が待ち構えていた……。ここからは急テンポで進み、32歳までのことが綴(つづ)られていく。
暴走しがちな若い二人を見守り、助けてくれる意外な大人がいた。なぜか幼い娘と二人暮らしの北原先生、そして暁海の父の不倫相手。この二人の存在が後のストーリー展開に深みを増している。
アラサーになった暁海が島の男性と「不始末」をおかし、島中の噂になった。夜の浜辺に一人でいた時に、通りかかった北原先生が親身になって暁海に語り掛けた言葉が印象的だ。
「このままでは、きみとお母さんは共倒れです」
「きみのように真面目で、責任感の強い子ほどヤングケアラーになるんです」
「高校を卒業した十代から自分の人生を捨て、必死でお母さんを支えて、今の年齢になった。ある日ふと我に返ります。でもいまさらどうやって自分の人生を取り戻していいかわからない。特にこの島は、女性がひとりで生きていける仕事が少なすぎる」
そして北原先生は、「これ以上、追い詰めないで」と思っている暁海に、おそらく島の誰も知らない自分の過去を打ち明ける。そして、暁海に信じられないことを申し出るーー。
また、暁海の父と同棲する女性、瞳子は、母の借金を返すため困っている暁海に、島でも一本立ち出来るよう、刺しゅうを教えてくれた。それが、「私の人生をゆがめたことへの詫び」だと暁海は知っている。やがて暁海は、櫂がうらやむほどの刺しゅう作家になっていく。