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【書評】表現者であるということ:永田和宏『あの胸が岬のように遠かった 河野裕子との青春』
2022-05-15
【書評】表現者であるということ:永田和宏『あの胸が岬のように遠かった 河野裕子との青春』

幸脇 啓子
夫婦そろって日本を代表する歌人だった河野裕子と永田和宏。妻が亡くなって10年余り。ふたりが結婚するまでに交わした300通の手紙と日記が、妻の実家から見つかった。いまなお瑞々しい言葉とともに夫が振り返る、若きふたりが結ばれるまでの日々。
手をのべてあなたとあなたに触れたきに
息が足りないこの世の息が

数年前にこの短歌を知ったとき、ぐっと胸が苦しくなったことをよく覚えている。
その感覚は、今も変わらない。

31文字に込められた、深い深い情念。

この世を去ろうとするその瞬間に、愛する相手の名を呼び、少しでも触れたいと手を伸ばす。けれども息は苦しく、何をも掴むことなく手はその動きを止める。

頭にそんな映像が浮かぶ。

読み手の河野裕子は、大学生のときに角川短歌賞を受賞、戦後生まれの女性歌人として現代の歌壇をリードしてきた。宮中歌会始の選者でもあったが、2010年、64歳でがんのため逝去。

絶筆となった先の短歌で「あなた」とうたわれたのは、38年連れ添った伴侶で、本書の著者である永田和宏だった。夫もまた大学時代に短歌をはじめた歌人であり、妻とともに宮中歌会始の選者を務めた。2009年に紫綬褒章を受章している。

ふたりは大学時代に京都で出会い、結婚。本書とは別のエッセイでは、夜中に夫婦が相対して歌を作り、批評し合う様子が描かれていたが、現在はふたりの子どもたちも歌人として活躍しており、文字通りの「短歌一家」なのである。
亡くなる間際に夫にこれほどの歌を遺す夫婦は、いったいどれほどの愛情で結ばれていたのか。

夫・永田和宏の視点から、学生時代に河野裕子とはじめて出会った瞬間から、結婚までの“若き日々”を振り返る本書は、その答えを垣間見せてくれる。

題材となったのは、ふたりが交わした300通を超える手紙。いわゆるラブレターだ。

その数は、結婚するまでの5年間で約300通。単純に計算しても、1年に60通、つまり30往復していることになる。

20代ならではの激情とも思える文章もあれば、日常をユーモラスに揶揄したものや、将来への不安を吐露したものもある。便箋に数枚、ときに10枚を超えてびっしり綴られた手紙は、大事に大事に、箱に収められ妻の実家にしまわれていた。見つかったのは妻の死後だ。

同時に見つかった妻の7年分の日記10数冊も加わって、1967年に、大学生のふたりが顔を合わせてからの、まさに「青春」がくっきりと浮かび上がってくる。

将来の夫に出会った頃の日記には、こう記されている。

一緒にすわった永田さんの身体のあったかみを
身体にかんじていると、ほんの一瞬の間でも
やはりこころは傾いてしまう

本書が夫婦の甘い記憶で終わらないのは、著者が歌人であるとともに、細胞生物学の分野で活躍した科学者でもあるからだろう。常に客観的、冷静な視点で恋する若い自分を眺め、心理状態を分析する様は、白衣を着た研究者が顕微鏡をのぞき込んでいるようでおもしろい。

また、学生紛争が起こるなど日本が大きくうごめいていた1960年代後半(ノンポリ学生だった著者も、ゲバ棒を持って大学の建物に立てこもった)という時代の熱や、幼い頃に母を失って継母に育てられたという自身の複雑な生い立ちについても触れられていることで、歌人・永田和宏がどのように生まれ、どんな風景を歌にしてきたのかもよく伝わってくる。

ソース元URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/1d4e48cf17dd927e3b2418d5becfdfddc4046a78

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