【古典俳諧への招待】さみだれに鳰(にほ)のうき巣を見にゆかむ ― 芭蕉
さみだれに鳰(にほ)のうき巣を見にゆかむ 芭蕉
(1687年作、真蹟懐紙(しんせきかいし))
気象庁によれば、平年(過去30年の平均値)の梅雨入りは関東地方で6月7日、梅雨明けは7月19日だそうです。梅雨はおおむね旧暦の5月に重なることから、古くは「五月雨」と呼ばれ夏の季題として詠まれてきました。
鳰(にお)は水鳥のカイツブリの古名で、湖や池の水面に水草を集めて巣を作ります。「鳰の浮巣(うきす)」といえば、はかなく頼りないものの象徴でした。たとえば、鎌倉時代初期の女性歌人・式子内親王は、「はかなしや風にただよふ波の上ににほのうきすのさても世にふる」(はかないものですよね。まるで、風に吹かれて漂う、波の上に作られた鳰の浮巣と同じですね。この世に生きて年月を経るのは)という歌を残しています。
芭蕉は、五月雨の中、増水によって流されそうになっている鳰の浮巣を「見に行こう」と言っています。そのはかなさを実地に味わおうとしての言葉です。芭蕉自身この句について「和歌や連歌に使われてきた言葉だけで構成されているけれども、『見に行こう』と行動に移している点が俳諧なのだ」と解説しています(『三冊子(さんぞうし)』)。つまり、伝統的なイメージだけで「鳰の浮巣」を詠んできた和歌とは違い、実際に見に行く物好きな姿勢こそが俳諧だというのです。芭蕉はそうした姿勢を「数寄(すき)」と呼んで尊重しました。