町田そのこさん 新著の短編集は「成長アルバムみたいな一冊」
◇ままならぬ人間関係で「迷子」の女性たち
『あなたは~』は、祖母の死で帰郷し、家族との関係を見直す「おつやのよる」(20年)、不倫相手の妻のために休日に栗の渋皮煮を作る「くろい穴」(書き下ろし)、幼なじみの男女のそれぞれの初恋を描く「先を生くひと」(22年)など5編が収められている。いずれも、ままならぬ人間関係の中で迷子になった女性たちが主人公。彼女たちは、ちょっとした言葉や出来事をきっかけに、再び自分の道を歩み始める。町田作品は、作者自身がかつてそうだったように、主人公たちが「自分を取り戻す」物語が多いが、本書もそうだ。
それぞれ独立した短編小説だが「裏テーマは『おばあちゃん』と『北九州』」と言う。作中では、それぞれ個性の違う「おばあちゃん」たちが、主人公たちの行く末に何らかの影響を与える。初版本には、表紙カバーの裏側に特別エッセーが掲載されている。<粋なおばあちゃんになるのを目標としている>から始まるエッセーには<誰かの心に種を撒(ま)く『粋』なひとになりたいのだ>とあり、本書は、そんなおばあちゃんたちが出てくる。また、町田作品ではおなじみの舞台「北九州」は、本書では登場人物の故郷や転居先として登場する。
本書を「成長アルバム」と表する町田は、収録の「入道雲が生まれるころ」(18年)や「ばばあのマーチ」(19年)などは「プロとしてこれでやっていけるだろうかといった(当時の)悩みがすごい筆に出ていて、(大幅に)修正した」と言う。一方、最新作の「先を~」は、いつもとは違うものを書きたいと、「今までの私の小説にはなかった」元気な女子高校生が主人公として躍動する。
◇理容師や葬儀屋、専業主婦など経てデビュー
福岡県出身。県内の理容師専門学校を卒業後、理容師、レストランの店員、和菓子屋や葬儀屋などさまざまな仕事を転々としてきた。専業主婦として、子育て中だった28歳の時に作家を志す。きっかけは、小学生の頃から愛読してきた作家、氷室冴子の死だ。小学校でいじめられ、居場所がなくなった時、支えてくれたのが氷室の小説だった。それから10年。家事のすき間時間を使って、リビングで小説を書き続けた。ケータイ小説などを経て16年、「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。翌17年、同作を含む短編集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)でデビューした。21年、児童虐待を扱った初の長編小説『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)で本屋大賞を受賞し、人気作家の仲間入りを果たした。読者や支えてくれる人たちの顔が見え、「書く心持ちが変わった」。プロ作家としての自覚が生まれた瞬間だった。
『52~』は、虐待を受けてきた主人公の女性と、虐待を受けている少年との魂の交流の物語。その次の『星を掬(すく)う』(中央公論新社)は、虐待をせざるを得なかった母親側の物語、そして、昨年刊行された『宙(そら)ごはん』(小学館)は、母親になりきれない母と、そんな母との関係に悩みながらも、成長する娘との物語で、町田は「この3冊で『母と娘』というテーマについて、今、書けるものはあらかた書けたという満足感がある。今までの自分とは区切りをつけて、新しいものを書きたい」と語る。これまで「弱者の気持ちに寄り添う物語」を書いてきた町田だが、今後は、笑いの多い小説や、ホラーやミステリー、ファンタジーなど全く違うジャンルに挑みたいと、意欲を見せる。
◇辻村深月は「ミステリー書ける」と評価
デビュー作の選考委員だった作家の辻村深月に「ミステリーの書き手になれる」と評価されたが、「無理、無理」と手を出していなかった。しかし作家として7年間やってこられたことで「自分が書けないと思っていたものや、頭からこれは私は(書かなくて)いいやって思っていたものに前向きにチャレンジしたい」と、心境の変化を話す。秋から始まる小学館のWEB連載は「サスペンス寄りの作品になるかも」と言い、現在、事件などのドキュメンタリー資料を読み込み中だ。作家としての自信を深めた町田が目指す次のステップに期待したい。8月には書き下ろしの文庫シリーズ『コンビニ兄弟』の第3巻が、秋にはポプラ社から連作短編集も刊行予定で、しばらくは目が離せそうにない。【上村里花】