書評:気鋭の研究者が挑む、「彫刻」をめぐる言説の再評価
特集1の冒頭を飾るのは、マルティーニが1945年に発表した短文集『彫刻、死語』(森佳三訳)。同テキストは、いまだ人体などの伝統的主題に隷属した当世の彫刻が「生きた言語=俗語」に至らない「死語」であると嘆くペシミスティックな主張がまず目を引く。彫刻は自らの台座の上で事足りて眠りこけている──現代日本の公共彫刻にも差し向けられそうなマルティーニの彫刻批判は、まるで反語的なマニフェストだ。森による解題、マルティーニのその他の著作との比較検証を通じて制作論の要諦に迫る金井直論文、両大戦間のマルティーニの活動に焦点を当てた池野絢子論文。あわせて読めば、マルティーニのテキストがたんなる彫刻限界論ではなく、彫刻の可能性を模索する秀逸な制作論であることが理解されるだろう。
対して特集2ではグリーンバーグの1949年のテキスト「新しい彫刻」(坂井剛史訳)をめぐり、坂井、近藤学、筒井宏樹がグリーンバーグの批評の道程を丁寧に読み込んだ論考を寄せる。グリーンバーグと言えば絵画論のほうが人口に膾炙しているが、絵画が媒体固有性を突き詰めた先に「装飾」へと堕落してしまう危機を、グリーンバーグは彫刻の優位性をもって切り抜けようとしていた。マルティーニとグリーンバーグ、両者の言説をつなぐ太いラインがあるわけではないが、伝統的に絵画よりも下位ジャンルとして扱われ、しばしば終焉論を唱えられてきた彫刻に批判的視点を向けつつ光明を見出すテキストという意味で、2つの言説は確かに似通う側面がある。
本書後半に収録される「あいちトリエンナーレ2019」での小田原、津田大介、小松理虔による鼎談、大槻とも恵によるヤノベケンジ論の意義も承知の上で、ここではマルティーニ、グリーンバーグの彫刻論に焦点を絞って言及した。いまだ検証が不十分な美術史上の言説の再評価が本書のいちばんの成果と感じたからだ。現在進行形のトピックと過去の言説がうまく接続されたとき、叢書「彫刻」シリーズの書籍としての体裁がさらなる説得力を持つのではないかと思う。
(『美術手帖』2022年7月号「BOOK」より)