【新刊紹介】フェイクニュースを見破る:坂本旬、山脇岳志編著『吟味思考を育むメディアリテラシー』
インターネット上には、膨大な情報が飛び交っている。個人が消化できる量を超えており、その真偽を見分けるのは難しい。うその情報にだまされないため、必要なのが読み解く力、「メディアリテラシー」だ。
「フェイクニュース」という言葉は、いつの間にか一般用語になった。2016年の米大統領選のころには、まだ「偽の情報」といった注釈が付けられていた。急速に浸透したのは、その危険さ故だろう。実際、21年1月6日に起きた米議会占拠事件では、死者まで出た。
本書によると、16年の大統領選では「ローマ法王がトランプ氏を支持している」というフェイクニュースがSNSで拡散した。冷静に考えれば、おかしいと思うはずだが、多くの有権者、とりわけ共和党支持者が信じた。なぜかというと、人は好きな情報に接すると、快適に感じるからだ。まして同じ主張の仲間と共有すると、チェック機能が働かなくなる。
「紙」の時代にも、フェイクニュースはあった。新聞などの伝統的なメディアも誤報をするし、世論を誘導する場合もある。読者の興味を引くため、大げさな見出しを付けることもある。
しかし、インターネットの出現により、誰もが情報の発信者となった現在、フェイクニュースに触れる頻度は飛躍的に増した。筆者自身が当事者になる寸前だった例を挙げよう。
喫煙場所で時々、顔を合わす人がこんなことを言った。「韓国で最近、新型コロナ感染が急激に増えているのは、ワクチンを水で薄めたのが原因だって」。その晩、居酒屋で会った知り合いに、この話をしようとして思いとどまった。「有名なジャーナリストの友人(筆者のこと。これもフェイク情報)」から聞いた話として、SNSで発信するかもしれないからだ。
つまり、誰もが被害者にも加害者にもなる時代になった。しかも、「真実よりもうその方が速く広まる」(米マサチューセッツ工科大学の研究。本書より)
本書は30人以上の学者、ジャーナリスト、教育関係者らが寄稿、インタビュー、座談に応じ、フェイクニュースを見極める心構えや実践例を多角的に紹介している。文体や視点がさまざまなため、読みにくい部分があるが、頭に入ってこなければ、次の章に移ればいいと思う。
あふれる情報に溺れる時代だからこそ、立ち止まって考える「吟味思考」が求められる。メディアリテラシーを高める上で、本書は格好の手引きとなるだろう。
谷 定文
ニッポンドットコム常務理事・編集局長。1954年、東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業後、時事通信に入り、経済部長、編集局長、常務取締役などを歴任。88~92年にはワシントン特派員として、激しさを増す日米貿易摩擦を最前線で取材した。2016年から現職。