道頓堀や造幣局にも怪談奇談 ホラー作家の怪異ガイドブック
■ぎっしり怪談、実体験も
今夏刊行した『大阪怪談 人斬り』(竹書房)は、シリーズ第2弾。造幣局の桜の通り抜けに関する奇妙な話や、死者に会わせてくれるという不思議地蔵など、取材で集めた地元大阪の怪談奇談がぎっしりつまっている。
田辺さんの実体験も含まれる。酒を断ちたい人々から信仰される大阪市北区曽根崎の法清寺、通称「かしく寺」は、酒に酔った勢いで兄をあやめて死罪となった江戸時代の遊女、かしくがまつられた寺だ。そこに友人とお参りに訪れた田辺さんは帰路、酒屋で日本酒を購入し手提げ袋に入れて歩いていたところ、ふいに酒瓶が「パン」と音を立てて割れ酒がこぼれ出たという。「さすがに怖くなり、しばらく酒を断ちました」と語る。
歴史に関係する話も登場する。幕末の土佐勤王党に仕え、〝人斬り以蔵〟の異名をとった岡田以蔵が最初に暗殺を行った場所が、電飾看板「道頓堀グリコサイン」が川面に映る大阪・道頓堀の戎(えびす)橋付近だったといい、それにまつわる怪異を紹介。「阪神タイガースが優勝すると、ファンが飛び込んで話題になる川の付近が、そんな場所だったと知り驚きました」と語る田辺さん。街歩きをすると思わぬ伝承や怪談に出くわすことがあり、それが妙味だという。
■コミュニケーションツールとして
田辺さんによると昨今、怪談を語る人を「怪談師」と呼び、催しが増えているそうだ。特に今年は、新型コロナウイルスによる行動制限を伴わない3年ぶりの夏。田辺さん自身、大阪や東京、和歌山で怪談を語った。「怖い話や不思議な話は、年齢に関係なく興じることができるし、誰かとつながって思いを共有したいというコロナ禍の影響もあって盛り上がっています」
小学生の母親でもある田辺さんは、民間の学童保育所でも怪談会を不定期で開催している。子供たちは身を乗り出して話を聞き、「僕も怖い話あるよ」といって話し出す子もいる。「5メートルくらいの大きな鳥が降りてきて、肩をつかまれた」「生きたランドセルを見たことがある」といった奇想天外な話が飛び出し興奮するという。
「子供は夢で見たことや、テレビや映画で記憶したことを体験として話すことがある。作り話だとしても、イマジネーションをふくらませたり、コミュニケーションをはかったりするツールとして、怪談を語ってもいいと思います」
■鎮魂と継承
ただ怪談は、人の死に触れる内容が多くあり、その扱いに戸惑うこともある。東日本大震災後、被災地で心霊体験が多く語られるようになったケースは、「生き残った人たちの罪悪感や、どんな形でも死者に会いたいという強い思いの表れ」だという田辺さん。
悲惨な災害や事件、事故の記録は何らかの形で残さないと、すぐに忘れられてしまう。その点、怪談は娯楽性が高いため、人に伝わりやすい。「怖がり恐れる気持ちは、鎮魂や記憶の継承の意味合いもある」と信じ、これからも怪談を書き、語り続けていく。(横山由紀子)