元長官が反対、文化庁の京都移転 「業務負担増えるだけ」
文化庁の京都移転が決まった2016年当時に同庁の長官を務めた青柳正規氏(78)に、移転の意義や課題を聞いた。【聞き手・稲生陽】
――移転についてどう思うか。
◆文化庁の長官だった当時(13~16年)から、移転にはずっと反対だ。互いの文化を尊重しようとする機運が世界中で高まり、日本も自分たちの文化を改めて認識する必要がある。文化の社会的な意義も増している。その中で、文化庁は非常に大事な役割を担っている。大きな政策を推進する上で、他省庁との連携協力も必要だ。
例えば私の在任中、アール・ブリュット(生(き)の芸術)と呼ばれる障害者アートを振興するため、厚生労働省と共同の委員会を作ったことがある。文化庁だけが京都に離れると他省庁との連携協力が難しく、組織としての機能が半減してしまう。
伝統文化や現代文化、将来どんな文化を残していくかといった政策を考える研究機関を京都に置くのは賛成だが、文化庁本体の移転は業務の負担が増えるだけだ。
◆文化の社会的意義が増しているというのは。
――私たちの生活がより充実したものになるには、文化の営みが重要な役割を果たしている。経済的、社会的な厳しさが増す中、文化の継承や、厚みを増した文化活動が将来の日本にとってより重要になってきているのだ。
例えば新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、地方では祭りなどの開催ができなくなった。文化庁は補助金を出すなどして祭りの文化を継承してもらい、地域コミュニティーも維持できるよう働きかけている。小さな劇団が外出自粛などで経営難に陥った場合は、経済産業省と連携して支援をする。どこで文化の継承が難しくなっているのか情報を集め、的確に手を差し伸べることが大事だ。文化庁はその役割の中心を担っている。
――当時抱いていた移転の懸念は解消されていない?
◆むしろ問題は大きくなっている。今の日本で良い社会を実現するために残さた数少ない方策が、文化の振興だ。移転によって文化庁の機能が低下すれば、与えられた任務がこなせなくなる可能性が高い。できることなら、研究機関のようなものだけを京都に残し、政策に関係する部署は東京に戻したほうがいいと考えている。
――19年からは奈良県立橿原考古学研究所長を務めている。移転によって関西の文化行政に資するものはあるか。
◆文化庁の仕事は全国を対象にするので、移転が特定地域へのメリットになってはいけないでしょう。世界遺産への登録を目指す彦根城や「飛鳥・藤原」もスケジュール通りで、影響は何もない。
青柳正規(あおやぎ・まさのり)氏 1944年生まれ。東京大名誉教授。専門はギリシャ・ローマ美術考古学。2013~16年に文化庁長官を務め、19年に奈良県立橿原考古学研究所長に就任。21年、文化功労者。著書に「皇帝たちの都ローマ」など。