【新刊紹介】俯瞰的な返還交渉史:河原仁志著『沖縄50年の憂鬱』
1972年の本土復帰からちょうど半世紀。あの複雑な交渉過程をまとめたタイムリーな出版と言えるだろう。
筆者も書いているが、沖縄返還交渉に関連した書物は世の中にあふれている。また、2000年代以降、公文書公開も進んだ。返還プロセスはかなりの程度、明らかになっていると言ってもいい。そんな中で、本書にはいくつかの特徴がある。
一つ目は俯瞰(ふかん)的な「返還交渉史」になっているということだ。
これまでの沖縄関連本は「密約」に焦点を当てたものであったり、「米軍の展開」にフォーカスしたりと、言ってみれば「点」を描くことが多かった。それらはそれで意味のある仕事なのだが、同時に鳥の目線から全体を見渡すことも重要な課題だ。
本書は丹念に「点」を集めて「面」に構成し直そうと試みている。返還交渉を体系的に、かつ分かりやすく、そして手軽に読める形でまとめたものが少なかっただけに、教科書的な内容になっているのはありがたい。しかも、日米の資料や関連書籍を相当量読み込んでいるようで観察に厚みがある。
二つ目のポイントは、ジャーナリストの手になるものなので、文体を含めて分かりやすい明瞭な文章構成になっているということだ。
朝日新聞社発行の「Journalism」5月号で、沖縄タイムスの与那嶺一枝編集局長が「リベラルな雑誌」の記者から言われたとして、こんな話を紹介している。
「テレビが沖縄を取り上げたらチャンネルを変えられるというだけじゃないですよ。雑誌も沖縄問題を特集した号は売れなくなってます」
その背景には何があるのか。もしその理由の一つに本土側の「沖縄は難しい」などという思いが作用しているのなら、沖縄のことを「しっかりと語り継ぐ重要性」を感じている身としては、分かりやすく、かつ押しつけがましくない概説書が登場することは心強い。
三番目の特徴は、広い意味で報道の継続性が重要であることを改めて教えてくれる点だ。
半世紀が過ぎたとはいえ、ここまでさまざまな情報がオープンになっているのは沖縄関連だからかもしれない。当事者たちの回顧録はもとより、情報公開法や外交文書公開制度などに基づいて密約関連を含め多くの資料が開示対象となった。また、沖縄県公文書館により、米高等弁務官事務所や米民政府関連の公電やメモなどが収集され、米側の関連文書はほぼ網羅的に読める状態にある。
屋良朝苗、瀬長亀次郎、西銘順治ら沖縄側で復帰の立役者となった政治家たちの日記を解読・整理・出版した宮城修・琉球新報論説委員長。日米琉諮問委員会の琉球政府代表だった瀬長浩が残した資料の整理を進める前泊博盛・沖縄国際大学教授。彼らの根気強い努力によって、復帰関連の歴史は重層的に語ることが可能となっている。
もちろん、全てが解決したわけではない。密約の存在を徹底的に隠してきた経緯には不明の点があるし、国民にウソをつき続けた官僚や政治家の責任もうやむやなままだ。ただ同時に、沖縄返還にまつわるさまざまな断面について、総体としてのジャーナリズムがしつこくフォローしてきたことの重みを改めて感じる。
例えば、密約関連で言えば、朝日新聞が2000年に財政密約の一部を特報し、09年には読売新聞が核密約の現物の存在をスクープするなど、政治的立ち位置は別として、各メディアが多面的に国家のウソに迫っていった。
現在の日本は、「文書を作らない」「公文書の指定を外す」など政府当局者たちに傍若無人を許してしまっている。われわれの非力さを改めて強く意識させると同時に、同じテーマを徹底的にフォローしていくメディア総体の気概が求められている。
多彩なエピソードをまぶしながら、沖縄返還の本筋を立体的に描いた本書を読んで強く意識させられた。
軽部 謙介
ジャーナリスト・帝京大学経済学部教授。1955年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、79年時事通信社に入り、主に経済部で取材、執筆。ワシントン支局長、ニューヨーク総局長、編集局次長、解説委員長などを歴任し、2020年4月から現職。著書に『日米コメ交渉』(中公新書、農業ジャーナリスト賞受賞)、『検証 バブル失政』(岩波書店)、『ドキュメント 強権の経済政策』(岩波新書)、『ドキュメント 沖縄経済処分』(岩波書店)など。