聞きたい。 経験もとにレベルアップ指南 為末大さん『熟達論』
「現役の頃、『五輪書(ごりんのしょ)』(剣豪・宮本武蔵が著したと伝わる兵法書)のエッセンスを漫画で読んだことがあり、いつかこのテーマで書ければと考えていた。当時は勝負のことで頭がいっぱい。引退後は他の人の学習方法に興味があったので、壁にぶつかったとき先へ進むためには何が必要かという方向でまとめた」
スポーツの世界でよく使われるという「熟達」を、技能と人間性を相互に高めることと定義。熟達探究には「遊(ゆう)・型(かた)・観(かん)・心(しん)・空(くう)」のプロセスがあるとした。面白くついやってしまう「遊」から、われを忘れ技能が自然な形で表現される「空」への5段階。「地・水・火・風・空」の5巻からなる『五輪書』にならった。
プロセスが変わるごとに変化する難題をどう解決するか。国内外の心理学の本を読み込み、自身の体験と照らし合わせた。スポーツ選手のみならず映画監督の北野武氏、将棋の羽生善治九段ら他分野の達人との対話も参考にした。「(iPS細胞研究の)山中伸弥教授からは『身体動作とひらめきはリンクする。量が大事』と言っていただいた」と、基礎の習得である「型」の章の補強に生かした。
何かを上級レベルで身に付けたい人への参考書にとどまらず、コンピューターへの対抗心も込めた。「熟成、熟達に終わりはない。人間が面白がって生きがいを探究していくことは、AI(人工知能)には置きかえられないと思うから」。現在は身体に関わるプロジェクトを行っている。運動が得意な人、そうでない人と関わりながら、熟達論の答え合わせをしていく。(新潮社・1980円)
聞き手・伊藤洋一
ためすえ・だい
元陸上選手。昭和53年、広島市生まれ。法政大卒。五輪は2000年のシドニーから3大会連続出場。