祭りの雰囲気を一冊の絵本に 奈良・春日大社の“祭祀”を描いた同人誌『はじめてのおんまつり』
『はじめてのおんまつり』A6 18ページ 表紙・本文3色刷り
著者:奈良都民
こちらのご本は奈良の春日大社の冬の祭祀(さいし)がテーマになっており、町の人々が衣装を着て、華やかに、おごそかに祭りを行う様子が描かれた絵本です。すっきりと線をまとめられた絵柄は丸みを帯びほのぼのとした雰囲気で、この一冊の案内役が「ちいさなようせいたち」という少し不思議な世界観にもぴったりです。かわいく、土地の由来を感じさせるちいさな彼らが、非日常の特別な空気を素直な目線で追っていきます。
黒い表紙をめくると、ぱっと明るい黄色のページが広がります。そこに描かれた祭りに関わる人々は、浮き上がるような緑で色分けされており、注目ポイントが自然に目に飛び込んできます。
そして祭りが進むと状況は一変し、黒がベースの闇の世界へ。黒の紙に重なる灰色の人影や、ぱちぱちとたいまつの炎が燃え上がるさまも印象的な金色など、昼の街の賑わいから、荘厳な夜への切り替わりが紙の色、インクの色で表現されているのが見事!
この鮮やかな場面転換は、本のとじ方も重要な要素になっているのではないでしょうか。普通の本のようにノリや糸でとじるのではなく、ぱたぱたと折り込まれただけの、じゃばらの作りになっています。ぱたぱたと次のページを読む感じ……“ぱらり”ではなく“ぱたぱた”なんですよ。ぱたん、とめくると、明るい昼間から、すっと夜の暗がりへと変わる様子は、にぎやかさと神秘的な高揚感という、祭りが持つ雰囲気を1冊の中に入れ込むことに一役買っています。
作者さんは奈良市の特産品のラベルをデザインするコンペに参加したのをきっかけに奈良への興味が増し、東京に住みながら奈良をモチーフにした自主制作を続けていらっしゃるそうです。一度だけ訪れた旅人ではなく、さりとて住民でもない、作者さんの立ち位置がちょうどよく、土地の注目してほしい部分にスポットを当てることと、場に慣れているからこそのじわじわと湧き上がるその土地特有の空気をつかみ、一冊に昇華することへとつながっているように感じました。
この、とじられていない作りのご本は、紙面全体をひとつながりに広げてみることもできます。切れ目のない画面は、祭りが昼から夜へと続いているさまと、土地の人々により過去から今まで、長いあいだ祭りを執り行ってきたことにも重なるようです。地元の人だけでない、多様な関わりから生まれてきた、そんな軽やかさもすてきなご本です。