【書評】車の中で悔し涙を流すまで:熊谷はるか著『JK、インドで常識ぶっ壊される』
華のJK(女子高生)ライフを送るはずが、なぜかインドへ。カレーと数学しかイメージがないのに!そこから過ごした3年で、著者の心は大きく揺さぶられ、社会課題の解決へと一歩を踏み出す。ところがそこにやってきたのは、猛威を振るう新型ウイルスだった――。
『JK、インドで常識ぶっ壊される』。
ジャケ買いならぬタイトル買いをして、「インド×JKかー、おもしろそうかも」と寝転がって読み始める。が、途中でそんな軽い気持ちで読める本ではないらしいと、椅子に座り直して残りのページをめくった。
憧れのJK=女子高生になるはずだった著者は、中学3年生の夏、父親の転勤により突然インドのデリーに引っ越すことになる。それから帰国するまでの3年間を綴った本書は、2003年生まれの著者のデビュー作であり、インドへの愛が詰まった一冊でもある。
ぴえんとか、とりま(「とりあえず、まあ」の意味らしい)とか、確かにJK用語はちょこちょこ出てくるし、インドにいても、いつもスマホでインスタやツイッターを見ているところもJKっぽい。
ところが中身はまったく異なり、骨太で直球。著者が異文化と接するなかで芽生えた疑問や内省、悩み、そして怒りを率直に飾ることなく綴る文体は魅力的で、まるで自分も一緒に経験したかのように共感し、考えさせられる。ずんと胸に響く言葉にいくつも出会える本だ。
思考は、日常のなにげない場面から始まる。
インターナショナルスクールでできた友達の「わたし、自分の脚があんまり好きじゃないんだよね」という言葉をきっかけに、これまで目を背けてきた「肌色」というテーマに向き合う。
料理万能のインド人メイド、愛称ブミちゃんが、レシピの「三分の一」つまり分数がわからなかったことをきっかけに、常識と育った環境について考え、言動に敏感になる。
学校に送り迎えしてもらう車窓を叩く物乞いの子の鋭い爪音をきっかけに、自分と彼らの違いについて悩み、罪悪感をおぼえ、違いに慣れて見て見ぬふりをしようとする自分がいることを読者に打ち明ける。
どれもきっかけはささいなこと。ふーんと聞き流したり、まあそうだよね、とわかったふりをしてやり過ごしたりしてしまいそうだが、著者はそのたびに立ち止まり、ざらりとした自分の気持ちに向き合う。
浮かび上がってくるのは、宗教や貧富の差、多様性など、現代社会が抱えるいくつもの難問だ。普段日本に住んでいると、“わかっちゃいるけど、ちょっと遠い話”が、インドに暮らすと、すぐ手の届く場所にある。
「解決できなくても何か変えられたら」という気持ちから子どもへの支援活動に加わり、スラムを訪問し、「お姉ちゃん」と慕われ、最後には子どもたちと共に、スラム内のデモに参加する。
日本でJKになっていたら、間違いなくできない経験だ。