「古事記」はこんなに面白かったのか!町田康の超絶語訳で描く人間臭い神々の魅力
日本最古の神話「古事記」を町田康が訳した話題作『口訳 古事記』は、アナーキーな神々が関西弁で繰り広げる〈世界の始まり〉の物語だ。因幡の白兎とオオクニヌシ、アマテラスとスサノオ、イザナキとイザナミ…斬新にして抱腹絶倒の「町田語訳」で生まれ変わった「古事記」の魅力に、詩人で翻訳家の森山恵氏が迫る。(「群像」2023年7月号より、WEB用に再編集してお届けします)
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森山 このたび刊行された『口訳 古事記』は、町田さんならではの言葉がいきいきと躍動していて、とても新鮮で、私がこれまで読んできた「古事記」はこんな面白い話だったのか、と目が覚める思いで読ませていただきました。
町田 ありがとうございます。
森山 町田さんはこれまでも、「宇治拾遺物語」や「源氏物語」の「末摘花」、源義経を語り手にした『ギケイキ』など、古典作品の現代語訳や翻案、創作を手がけてこられましたし、谷崎潤一郎賞を受賞した『告白』では、河内音頭を扱われています。町田さんの古典への関心は、どこから始まったのでしょうか。
町田 もともと古典が好きで読んでいたということはないんです。中学の授業で「平家物語」を読まされたけど、ふだん自分らがしゃべっている言葉との距離がありすぎて、意味が分からないし、面白い感じがしなかった。ただ上方落語や河内音頭は、音として耳にうまいぐあいに入ってくる感じで、子供のころから何か惹かれるものがありました。だから古典には、いろんなことをやりながら、だんだん近づいてきた感じですね。「古事記」も初めからわかって書いたというよりは、書きながら、あ、これってこうやったんや、というところがあります。
森山 原典にさわりながら、手探りで自分の言葉にしていく中で見つけていく感覚でしょうか。
町田 そうですね。やっていくうちに、全然関係ないと思っていたものまで、実は根っこでつながってきたりする。
森山 それは感動しますね。
町田 千年以上の時間を超えて、この言葉がこういうふうにつながってるのかと気づくと、感動しますよね。そういうのが一つあると、古典がおもろくなってくる。
「古事記」は、僕ぐらいの世代だと、子供のころから何となく聞いたり読んだりして、断片的に知っていたんですね。「因幡の白兎」と大国主神(オオクニヌシノカミ)の話とかは、幼稚園でお芝居をやらされたりして。でもそれらが、古事記という一つの話にはつながってなかった。
森山 そうなんです。今回、町田さんに感謝するのは、それがつながった物語として読めたことです。おっしゃるとおり、因幡の白兎の話とか天照大御神(アマテラスオオミカミ)の「岩戸隠れ」とか、一つ一つの話は知っていたけれど、全体がつながっていませんでした。
町田 僕もそうでした。